戌の日は安産祈願の方々でにぎわう『中山寺』

聖徳太子がつくられた『中山寺』といえば、全国的にも“安産の仏様”として有名です。

スタッフが参拝したのは、ちょうど2月の“戌(いぬ)の日”。これは犬のお産が軽いところからきた安産信仰の吉日で、たくさんのご夫婦やご家族がお参りに来られていました。


本堂の手前には「賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)」像があり、 「無事に生まれますように」「元気な子が授かりますように」とお願いごとが書かれた赤ちゃんの前掛け「子授け願布」がたくさん納められています。絵馬のようなものですね!

本堂横には「安産手水鉢」なるものも。

案内板を見ると、「ご本尊の十一面観音に祈願をこめてこの手水鉢で身を洗い清めれば安産うたがいなしとの伝承」とあります。すごい効力!(もちろん、今は立ち入ることはできません)
なぜ“安産の仏様”といわれているの?
ところで、中山寺はなぜ“安産の仏様”として有名なのでしょうか…?
お寺の公式ホームページによれば、 御本尊の十一面観音様が昔から安産や子授けのお願いをよくお聞きくださると信仰されていたそう。
なんと世継ぎに恵まれなかった豊臣秀吉もこちらで祈願して、秀頼を授かったとの逸話もあるんだそうです!
今でも中山寺では子授け、安産、母子息災など、母子のためにさまざまな祈祷を行っておられます。

本堂には、「安産特別祈祷おさづけ品」もご紹介されていました。 お守りにお札、そして腹帯…腹帯には「御鐘緒」と書かれています。

この『鐘の緒(かねのお)』はとても有名で、安産を祈る人が全国からこの腹帯をいただきに来られるのだとか。
ところで、この「鐘の緒」という名前、どういう意味なのでしょうか???
こちらもお寺のホームページに、 安産の腹帯をお堂の鐘を打ち鳴らすための大綱「鐘の緒」と呼んでいると書かれてありました。

本堂にかけられているこちらが腹帯の名前の由来なのですね。 なんでも昔はこの鐘の緒を少しづつちぎってお裾分けしていただき、安産のご利益をいただいていたのだそう。確かにそれは、とってもご利益がありそう!(今はその代わりとして腹帯をいただきます)
しかーし!実は、ホームページの“鐘の緒”に関する記述のなかに気になる箇所がありました。
「平安時代後期、八代目多田城主 源行綱(多田行綱)は、妻の不信心に悩まされていました。その妻の悪態を、当山の観音さまが鐘の緒をもって戒められたと伝わっております。それから行綱夫婦は人もうらやむほど仲睦まじくなったことから、子授かりの信仰や、安産祈願のお寺としてお参りをする人が多くなったと言われています。」(公式ホームページより)
「観音様が鐘の緒をもって戒められた」とはどういうことでしょうか…ちょっと気になりますよね?
そこで調べてみたところ、こんな民話があることがわかりました!
腹帯の名前“鐘の緒”にまつわる民話とは…
昔々のこと…中山寺をあつく信仰し足繁く参拝に通っていた行綱。ところが嫉妬深い妻は、たびたび出かける夫がよそで浮気しているのでは?と疑っていたのです。
その疑いを晴らすべく、あるうららかな春の日に「花見がてら、一緒に中山の観音様のところへ行こう」と、ふたりで出かけたのだそうです。
そして本堂でお参りしようと妻が鐘の緒を手にした、その瞬間! 事件は起こりました!
ひゅるりっと風が吹き上げて妻が結っていた黒髪がほどけ、なんと鐘の緒と絡みあってあっという間に、妻は高くまで吊るし上げられてしまったのです!! いくら民話とはいえ、かなりの衝撃的事件!
これは大パニック! 当然、周りにいる人たちも大騒ぎ! 宙ぶらりんになってしまった妻を見て、行綱も大慌てです。なんとかしなければ~ッ!と思うものの、どうにもできずに手をこまねくしかありません。
そこへ騒ぎを聞きつけた中山寺のお坊様が駆けつけてお祈りを始めたところ、ようやく黒髪と緒の絡みが解け、妻は無事に降りることができたのだそうです。よかった~~ッ!
やっとの思いで降りてきた妻は、疑っていたことを心から行綱に謝ったのだそう。それから夫婦はたいそう仲睦まじくなり、そのふたりにあやかろうと中山寺へお参りする人が多くなったのだとか。
そこから、子授かりの信仰や安産祈願のお寺として有名になった…ということなんだそうです。めでたしめでたし。

…しかし、まさかの髪で吊るしあげられてしまうという、なかなか衝撃的で恐ろしい戒めで驚きました(笑)が、夫婦仲良く信仰心あつければ、子授かり・安産のご利益があるということかもしれないと、この民話を知って改めて鐘の緒をしみじみと眺めてしまいました。
以上、宝塚の情報を発信する宝塚コミパ通信KAでした!
中山寺
兵庫県宝塚市中山寺2-11-1
0797-87-0024(9:00~17:00)

聖徳太子がつくられた『中山寺』といえば、全国的にも“安産の仏様”として有名です。

スタッフが参拝したのは、ちょうど2月の“戌(いぬ)の日”。これは犬のお産が軽いところからきた安産信仰の吉日で、たくさんのご夫婦やご家族がお参りに来られていました。


本堂の手前には「賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)」像があり、 「無事に生まれますように」「元気な子が授かりますように」とお願いごとが書かれた赤ちゃんの前掛け「子授け願布」がたくさん納められています。絵馬のようなものですね!

本堂横には「安産手水鉢」なるものも。

案内板を見ると、「ご本尊の十一面観音に祈願をこめてこの手水鉢で身を洗い清めれば安産うたがいなしとの伝承」とあります。すごい効力!(もちろん、今は立ち入ることはできません)
なぜ“安産の仏様”といわれているの?
ところで、中山寺はなぜ“安産の仏様”として有名なのでしょうか…?
お寺の公式ホームページによれば、 御本尊の十一面観音様が昔から安産や子授けのお願いをよくお聞きくださると信仰されていたそう。
なんと世継ぎに恵まれなかった豊臣秀吉もこちらで祈願して、秀頼を授かったとの逸話もあるんだそうです!
今でも中山寺では子授け、安産、母子息災など、母子のためにさまざまな祈祷を行っておられます。

本堂には、「安産特別祈祷おさづけ品」もご紹介されていました。 お守りにお札、そして腹帯…腹帯には「御鐘緒」と書かれています。

この『鐘の緒(かねのお)』はとても有名で、安産を祈る人が全国からこの腹帯をいただきに来られるのだとか。
ところで、この「鐘の緒」という名前、どういう意味なのでしょうか???
こちらもお寺のホームページに、 安産の腹帯をお堂の鐘を打ち鳴らすための大綱「鐘の緒」と呼んでいると書かれてありました。

本堂にかけられているこちらが腹帯の名前の由来なのですね。 なんでも昔はこの鐘の緒を少しづつちぎってお裾分けしていただき、安産のご利益をいただいていたのだそう。確かにそれは、とってもご利益がありそう!(今はその代わりとして腹帯をいただきます)
しかーし!実は、ホームページの“鐘の緒”に関する記述のなかに気になる箇所がありました。
「平安時代後期、八代目多田城主 源行綱(多田行綱)は、妻の不信心に悩まされていました。その妻の悪態を、当山の観音さまが鐘の緒をもって戒められたと伝わっております。それから行綱夫婦は人もうらやむほど仲睦まじくなったことから、子授かりの信仰や、安産祈願のお寺としてお参りをする人が多くなったと言われています。」(公式ホームページより)
「観音様が鐘の緒をもって戒められた」とはどういうことでしょうか…ちょっと気になりますよね?
そこで調べてみたところ、こんな民話があることがわかりました!
腹帯の名前“鐘の緒”にまつわる民話とは…
昔々のこと…中山寺をあつく信仰し足繁く参拝に通っていた行綱。ところが嫉妬深い妻は、たびたび出かける夫がよそで浮気しているのでは?と疑っていたのです。
その疑いを晴らすべく、あるうららかな春の日に「花見がてら、一緒に中山の観音様のところへ行こう」と、ふたりで出かけたのだそうです。
そして本堂でお参りしようと妻が鐘の緒を手にした、その瞬間! 事件は起こりました!
ひゅるりっと風が吹き上げて妻が結っていた黒髪がほどけ、なんと鐘の緒と絡みあってあっという間に、妻は高くまで吊るし上げられてしまったのです!! いくら民話とはいえ、かなりの衝撃的事件!
これは大パニック! 当然、周りにいる人たちも大騒ぎ! 宙ぶらりんになってしまった妻を見て、行綱も大慌てです。なんとかしなければ~ッ!と思うものの、どうにもできずに手をこまねくしかありません。
そこへ騒ぎを聞きつけた中山寺のお坊様が駆けつけてお祈りを始めたところ、ようやく黒髪と緒の絡みが解け、妻は無事に降りることができたのだそうです。よかった~~ッ!
やっとの思いで降りてきた妻は、疑っていたことを心から行綱に謝ったのだそう。それから夫婦はたいそう仲睦まじくなり、そのふたりにあやかろうと中山寺へお参りする人が多くなったのだとか。
そこから、子授かりの信仰や安産祈願のお寺として有名になった…ということなんだそうです。めでたしめでたし。

…しかし、まさかの髪で吊るしあげられてしまうという、なかなか衝撃的で恐ろしい戒めで驚きました(笑)が、夫婦仲良く信仰心あつければ、子授かり・安産のご利益があるということかもしれないと、この民話を知って改めて鐘の緒をしみじみと眺めてしまいました。
以上、宝塚の情報を発信する宝塚コミパ通信KAでした!
中山寺
兵庫県宝塚市中山寺2-11-1
0797-87-0024(9:00~17:00)